ARP

KORG Developer

INTERVIEW: KORG Developer

2015.06.11

ARP ODYSSEYは、どのように現代に蘇ったのか?コルグの開発チームである企画の坂巻匡彦(写真左)、企画開発の高橋達也(写真右)、開発の池内順一(写真中央)の3名が、復刻の経緯や開発のこだわりについて語ります。

撮影:八島崇 
本記事は2015年3月10日発売のキーボード・マガジン 2014年4月号 SPRING(リットーミュージック刊)に掲載されたものです。

ARP ODYSSEY開発の経緯を教えてください。

坂巻:もともとアナログ・シンセをもっと身近に感じてもらいたいと思い、monotronやMS-20 miniといった製品を制作していたんです。その流れで、次は何を作ろうか探っていたときに、ARP社のARP Odysseyが思い浮かびました。モーグ社は今もありますし、Prophet-5にしても、デイヴ・スミス・インストゥルメンツ社が新しい製品として生み出していますよね。70年代の主要なシンセの中で、ARPの製品だけがない。僕自身ビンテージのARP Odysseyが好きなこともあり、やってみたいと思ったんです。


なぜサイズをオリジナルの86%にしての復刻となったのでしょうか?

坂巻:オリジナルをリスペクトしているので、完全なコピーというよりは、住み分けができるものを目指しました。コンパクトとは言っても、鍵盤はMS-20 miniなどにも搭載しているスリム鍵盤で、演奏性にもこだわっています。オリジナルの音を大事にしつつ、現代でも使いやすいものにするというのがコンセプトとしてあるんです。でも、使いやすくし過ぎてビンテージ感がなくなってはいけないので、バランスをしっかりとっていくことは、念頭におきました。


ARP社はもう存在していませんが、オリジナルのARP Odyssey開発者であるDavid Friendさんにコンタクトをとったのはどうしてですか?

坂巻:ARPに対しては、シンセ・メーカーとして戦友のような仲間意識を持っていて、その戦友の名機を勝手に復刻してしまうようなことはしたくないという気持ちがあったんです。

高橋:それと、当時の製品を知る人の協力が欲しかった、というのもありますね。現存するオリジナルは経年変化やメンテナンスによって音が変わってしまったりしていて、それが果たして本当に当時の音だったのか分からなかったりします。また、製品に対しての思惑や思想というのは、開発者に直接聞かないと判断するのが難しい部分もありました。今回、Davidさんの意見をもらうことができたのは大きかったですね。


開発で苦労した点を教えてください。

池内:やはり、当時の部品の代替品を探すことですね。アナログ回路に使うパーツは大きく“スイッチ”と“ボリューム”と“電子部品”に分かれるのですが、スイッチに関しては同じタイプのものを生産している会社は今の日本にはありませんでした。ただ、中国で見付けることができたんですが、生産の直前で“金型が古くて量産できない”と言われてしまって。それで、もう1回探し直して……スイッチ選びには本当に苦労しましたね。ボリュームに関しては、オリジナルのスライダーの動きが悪いので、サイズや作動の仕方などをセミ・カスタムしたものを使っています。同じように、電子部品も単純に代替できれば良いというものではありませんでした。昔は部品が大きかったので選別が可能でしたが、今はチップ部品というすごく小さな部品を機械でマウントしているものになっているので、部品の選別ができません。なので、昔の楽器を作るために、今の電子部品の中から使えるものを探すことにも苦労しました。


オシレーターはどう再現していったのですか?

池内:温度によって抵抗値が変わる部品があるんですが、やはり昔と比べて品種が非常に少なくなっているので、探し出すのがとても大変でしたね。また、温度に対する安定性を高めるために、温度環境を変える専用装置に入れて調整して、ということをひたすら繰り返して。Davidさんからも、オシレーターの安定性に関しては、オリジナル以上にしてほしいという要求もありましたので、その調整には本当に手間暇かけましたね。

坂巻:Davidさんに最初に言われたのが、温度変化におけるオシレーターの安定性の話でしたから。“この範囲でないとダメだ”って温度変化の数字を示されて、すごいこだわりを感じました。

高橋:ARP ODYSSEYのオシレーター・シンクなどは、ピッチが安定しているからこそ使えるんですよ。作った音をステージで再現するためにも、ピッチは安定していなければいけないんですよね。


デザインも、オリジナルの雰囲気がすごく出ていて驚きました。

池内:もともとパネルにネジが出ていないデザインになっていて、ここは絶対に譲れないところです(笑)。スタッドのかしめ加工という技術なのですが、まず最初に行ったのはその技術を持つ業者を探すことでした。それから、底板も独特のザラザした感触を出せる材料を探して、オリジナルと同じメーカーのものを取り寄せています。40年経っていてもいまだにこの素材があるというのも、ありがたいことですね。

坂巻:底板は、樹脂の板を曲げて作っているんです。金型を使った方が形も安定しますし量産には向いているんですが、扱える板の厚さに限界があって。でも底板が薄いと、雰囲気が全然変わってしまうんですよね。また、パネル上の文字のフォントにもこだわっています。“ヘルベチカ”というフォントを使っているんですが、今回調べてみると、オリジナルでは古いタイプのヘルベチカを使っていることが分かり、それを探して使ったりしました。


ケースを標準で付けた理由は?

坂巻:ARP ODYSSEYの操作子はスライダーが中心なので、どうしても曲がりやすいんです。“そういうものだから仕方がない”というのは乱暴だと思い、ケースで守れるようにしました。同時に、ビンテージ感も付与できるようにしています。


復刻版ARP ODYSSEYではオリジナルの3種類のモデルのフィルターをすべて搭載し、切り替えられるようにしていますね。なぜこのような仕様にしたのでしょうか?

高橋:当時のユーザーは、それぞれ持っていたモデル、いわゆるリビジョン(Rev)が違いますよね。いろいろな人に満足してもらいたいと思い、モデルごとに異なる機能を網羅することにしたんです。

坂巻:やはりモデルによってサウンドが全然違い、どれも個性があるんです。Rev1はハイが少し残るので、リードなど高域で使うサウンドを作るときにおいしい。Rev2はラダー・フィルターになっていて、シンセサイザーらしい音がする。Rev3はキレが良いのでベース・サウンドに向いていたり。

池内:特に、Rev1のフィルターは回路が特殊なんですよ。技術的な話になりますが、Rev1は状態変数型というフィルターを変形させて作ってあり、ちゃんと機能するとはとても思えない回路になっているんです。その結果、フィルターを開くと波形にトゲが付くんですよね。そして、レゾナンスを上げるとレベルが上がり、内部で歪む。その歪み加減もすごく良いんです。なので、Rev1でないとダメだ”というマニアもいるみたいですね。


ドライブを付けた理由は?

坂巻:これは偶然から生まれたものなんですよ。ある日、試作段階のARP ODYSSEYを触っていて、全然音が違うなあと思っていたら、池内さんが、“音圧上げたら良い音になったから、上げといたよ”って言うんです(笑)。さすがにそれだとオリジナルと全然変わるので戻したんですが、それが本当に良い音だったので、ドライブ機能として採用することにしました。オリジナルのARP Odysseyはすごく音がきれいなんですが、歪ませても良い音がするんですよね。今のアナログ・シンセは音を歪ませるタイプのものが多いので、現代の音楽シーンともすごく親和性が良くなったと思います。


フィードバックをできるようにした理由も、歪み系の音色を作れるように?

池内:そうですね。ヘッドフォン・アンプ出力がないのは単純に不便だったので新しく付けて、もともとあった外部入力を利用してフィードバックできるようにしています。積極的に使ってほしいので、パッチ・ケーブルも2本付けました。


その他復刻版ならではの機能を教えてください。

坂巻:MIDIやUSBが付いているというのと、オリジナルのXLR端子はバランス・アウトではなかったので、それをバランス・アウトにしたことですね。それから、パッチ・ケーブルでGATE OUT と TRIG INを接続することで、レガート奏法を行えるようにしています。さらに、オリジナルには、オクターブをスイッチで切り替えた際に、ポルタメントがかかるモデル(Rev1)とかからないモデル(Rev2、3)があるので、その2種類のモードを切り替えられるようにもしています。


ARP ODYSSEYを、ユーザーにどのように使ってほしいと思いますか?

高橋:現代の新しい音楽に使ってほしいと思いますね。今アナログ・シンセを作る意味というのは、当時の再現ということだけではなく、これを使って今の人たちがどういう音楽を作ってくれるのかすごく知りたい、ということにもありますから。

池内:オリジナルが発売された当時は、新しい楽器によって、新しい音楽が生まれた時代。それと同じように、今の人にとってはこのARP ODYSSEYは新しい音だと思いますし、まだ出てきていない複雑な音を出すポテンシャルを持っていると思います。今の音楽シーンに向けて、新しい音楽をぜひ作ってもらいたいですね。


製品が完成した感想をお願いします。

高橋:最高のものができてしまって、次はどうしよう?という感じですね。すごく満足しています。

坂巻:僕は自分で買おうって思いましたね(笑)。もとの設計がしっかりしていることもあると思いますが、この復刻版にも当時の良さをそのまま出すことができました。そのビンテージ感というのに心をわしづかみにされましたね。

池内:私が楽器業界に入ったとき、シンセのトップにあったのがARP社のARP Odysseyでした。ちょうどRev3の時代で、非常にあこがれの製品でしたね。私の設計者としての原点になったシンセサイザーであり、そのオリジナルと本当に同じ音を作ることができた。この復刻版であるARP ODYSSEYの開発に携われたことを非常にうれしく思います。